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■■■ 友笑ひて曰く巨大な花のモンスターが、最後のあがきとばかりに蔦を振り回す。 随分動きの鈍くなったそれを、フリックと並んで切り捨てていく。先ほどまで、剣を弾く強度だったのが嘘のようだ。 リオウが再度盾の紋章で回復するまでもなく、キニスンの放った止めの矢が、花弁の中央にある目玉を撃ち抜いた。 地響きを立てて、通常よりも何倍も大きく育ったモンスターが地に倒れ伏した。萎れかけていた花びらが散り、断末魔のようにうごめいていた蔦もまた、動きを止めていった。じゅわじゅわと、青い体液が地面に染み込んでいく。 げ、と顔を歪めて、シーナは一歩足を引いた。 代わりに、フリックが前に出る。本当に息絶えたのか確認するのだろう。まだ命があるなら止めを刺すつもりでいるはずだ。 真面目だねぇ、とシーナは感嘆した。 一人旅ならいざ知らず、普段は誰かやってくれるだろ、で済ませるので、フリックの生真面目さはいっそ尊敬に値する。真似をしようとは、まったく思わないが。 フリックはじっと眺めてから、頷いて背後を振り返った。その表情に険はない。 ふっと、張り詰めた糸のような緊張が緩んだ。 「……倒したよ、リオウ!」 やったー、とぴょんぴょん飛び跳ねているナナミに飛びつかれ、リオウがたたらを踏んだ。それでも倒れ込まないだけ大したものだ。慣れているのだろう。 キニスンが元気のいい姉弟を微笑ましげに見やりながら、次に構えていた矢を矢筒に戻す。 「よし、皆無事だな?」 フリックは、弓兵隊隊長というよりは引率する保護者のような目で辺りを見回した。 森の村の近く。巨大化して暴れていたモンスターを退治してほしいという依頼だった。 解放されたグリンヒル周辺地域の慰撫も兼ねて、わざわざ軍主であるリオウが出張っているのだ。余裕をもって事を終える必要があると、シュウ辺りからくれぐれも言い含められているのだろう。 後衛に回したリオウとナナミ、キニスンはともかく、ティルもフリックが率先して盾になっていたので、さしたる怪我はないと思う。 ティルが大怪我を負うような事態になればトランが、もっといえば父のレパントがなにを言い出すかわからないので、シーナも一応庇うような位置で戦っていた。仕送りを当てにする息子としては、父親の機嫌がいいに越したことはない。 キリンジを一振りして、鞘に収める。魔物の体液は気になるが、どうせここでは手入れができない。帰ってからだ。 しぶとい相手だったので、なかなかに疲れた。 ううん、と伸びをする。討伐報告をすれば本日の予定は終了、あとは帰還するだけだろう。 リオウやナナミは、キニスンを巻き込んで、モンスターから売れるものを剥ぎ取る作業に没頭している。フリックはその近くに立って警戒しているようだ。 さてティルは、と振り返ろうとして。 ふと、シーナは気づいてしまった。 周囲を油断なく見渡すフリックの視線が、シーナを通り越し、背後の気配へと向けられる。 「ティルも、怪我はないか」 透徹とした青が、とたんにとろり、と蕩けるような熱を宿した。先ほどまで剣士としての鋭さを湛えていた相貌が、どう見ても緩んでいる。 それは決して、仲間に向けるものでも、かつてのリーダーに向けるものでもなかった。 うっわぁ、と思ってから、『なるほどね』と内心で呟く。 フリックがティルを気にしているのはわかっていたし、ここ最近は雰囲気が妙だと思うこともあった。確信に至るほどではなかったけれど。 だがこれは、どう見ても────惚れているし、自覚している。 正直、意外ではある。かつて解放軍の副リーダーだった頃は、フリックはもっと直情的だった。 悪いことではない。シーナと年の変わらない軍主は鼻白むほど大人びていて、それが逆に強烈なカリスマとなっていたし、マッシュは軍師らしく腹の底が知れなかった。比べてわかりやすく真っ直ぐなフリックは、兵からは素直に慕われていたのだから。 年下の自分が言うのもなんだが、フリックも大人になったのかもしれない。いや、一応、以前も成人はしていたはずだけれど。 こうなるとティルの反応が気になる。にやつきそうになる表情を引き締めながら、シーナは自然な素振りで振り返った。 「……大、丈夫、だよ」 ティルは言葉を詰まらせながら、そろり、と視線をずらしたように見えた。恥ずかしくて、でも、どうすればいいかわからない。そんな風情で。 そんなの、からかってくれと言わんばかりじゃないか。 今度こそ、シーナは衝動を我慢しなかった。 「ティールっ」 数歩の距離を近寄って、勢いよく肩を引き寄せる。さして力を込めたつもりもないのに、ティルの体は思った以上に軽く、倒れ込んできた。 手のひらに感じる感触は、ドキッとするほど頼りない。思わず、息を呑む。 三年前、ふざけてじゃれ合った時は、そんなことは思わなかったのに。 ────真の紋章の影響で、成長していないからだ。 見下ろす角度がきつくなった。ルックでさえ顔立ちが大人びてきたのに、ティルは記憶とまったく変わっていない。 わかっていたはずだ。理解しているつもりだった。 つもりでしか、なかった。 胸の奥を締め付けるのは痛みに似ていた。だけどそんなもの自分には似合わないから、シーナは空気を吸い込んで、散らす。 笑う。 笑え。 自分が傷つくことじゃない。ティルに、気を遣わせることじゃない。 変わっていなかろうが、なんだ。 「ちょっと、シーナ」 乱暴に扱われたからか、抗議の声が上がる。「悪ぃ悪ぃ」と、殊更に軽くシーナは受け流した。 気にしていないのだから、体重だってかけてやる。見下ろす横顔が眉を寄せたところで、そっと声を潜めて囁いた。 「その目、やめてよ≠チて顔してるぜ」 ぅぐ、と奇妙な音が聞こえた。肩に回した手から、一気に緊張が伝わってくる。 あからさますぎて、噴き出しそうになった。 「お、図星?」 「……シーナ」 誤魔化すことを諦めたのだろう。刃よりも鋭い一瞥が突き刺さる。軍主時代を思い出させる圧だ。 だがしかし、悪友を自認するシーナに、照れ隠しのそれが効くわけもない。 「へーぇ……」 「なんだよ」 「いや? その反応だと、告白されて保留にしてるってとこか」 ティルは今度こそ平静を装おうとしたようだったが、『どうしてわかるのか』と顔に書いてあった。 それこそ、わからいでか、というやつだ。 惚れた腫れたのあれこれについて、ティルよりは遙かに敏い自負がある。恨むなら、フリックとシーナを同時にパーティに入れたリオウを恨んでほしい。 もっとも、仕方のない面もある。ふとシーナの脳裏をかすめたのは、政治家連中の顔だった。 不倶戴天の敵であったはずが、いまやトラン共和国は同盟軍の最も有力な協力者だ。そのトランにおける英雄≠ェ、よりにもよってかつての帝国五将軍の息子ときている。確執が完全に消えたわけでもないし、シュウも胃が痛いだろう。 だからティルがパーティに入るときは、必ず他に二人はトラン共和国出身の面々が組み込まれる。 「そんな顔すんなって。だいたい、俺じゃなくてもわかったと思うぜ? 普段は自制してるみたいだけど、フリックの旦那のあの様子、じゃ……」 ────ひやり。 背筋を強烈な悪寒が駆け抜けた。 本能的な、危機感。剣士としての勘が、やばいぞ≠ニ言っている。 ちろりと、シーナは横目で冷気の元を辿った。 先ほどまで蕩けるような目をしていたフリックが、凍り付くような眼差しでこちらを見据えている。睨んでいるわけじゃないのがまた怖い。 美青年攻撃の一員に数えられるくらいには顔立ちが整っているのだ。笑っていればいかにも好青年だが、表情を消すと怜悧な印象が勝る。 ひゅう、とシーナは口笛を吹いていた。 「お冠かよ。こっわ」 「わかってるなら刺激しないでくれるかな……」 さすがに、あれは意識してのものではないだろう。そのつもりで威圧されたら、シーナだとて笑ってはいられない。 とはいえ、そこそこ腕に自信がある自分でさえ、ちょっとまずいと思うレベルの牽制である。 「……マジで本気なんだなー……」 思わず呟くと、腕の中のティルがぱっと頬に血を昇らせた。ちらちらとフリックの方を見ている。 ティルと視線が合ったからか。気がつけば、フリックの視線はまた、春光に似た柔らかさを宿していた。落差に風邪を引きそうだ。 (ベタ惚れじゃん) 今度こそ、ちゃんと笑みが浮かんだ。 フリックもトラン出身だが、新同盟軍では最古参の幹部格でもある。リオウを支えなければならない立場で、かつてのリーダーに必要以上に心を寄せる様など見せるわけにはいかない。普段は本当に、旧知の仲間といった態度を崩さないのだ。 もちろん他よりは親しみが籠もっているが、目に余るほどの特別扱いをするわけでもない。城の中ですれ違うときや、こうやってパーティを組んで遠出するときも。 だけど、そう。戦闘が終わり、無事を確認する、その一瞬。安堵とともに、漏れ出してしまうのだろう。 「本気だから……困ってるんだよ」 小さく、ティルが呟いた。はは、とシーナは声を出して笑っていた。 「でも、悪い気はしないんだろ?」 は、と息を呑む音。そしてじわじわと、頬に朱色が昇っていく。 「……な、んで」 「本当に嫌なら即行振れば済む話じゃん。今は立場だって違うんだしな。フリックの旦那だって、本気で拒絶した相手に延々追いすがるような真似はしないだろ」 そう、解放軍の軍主と副リーダーだった頃とは違うのだ。決定的な決裂を避けなければいけない理由はもう、ない。 どちらかがその気になれば、縁だとて容易く切れる。実際フリックは三年間死んだものと思われていたし、ティルは出奔して行方不明だった。 そこまでせずとも、断るなら一言「フリックをそういう対象として見るのは無理だ」と告げればいいだけだ。口説かれるのが嫌なら「迷惑だからやめてくれ」と言えばいい。 シーナはティルほど深くフリックと接してはいないが、嫌がることをするような人間ではないことくらいわかる。 観念したのか、ティルは嘆息した。 「……わからないんだ」 「なにが?」 「そんな目で見たことがないのは確かだよ。でも……これから先もそうかと言われると……」 「わからないわけだ?」 微かに、首肯が返る。 「それってやっぱ、可能性ありってことだと思うけどな」 「……そう、なのかな」 シーナは彼らの初対面を知らないが、フリックが解放軍に合流してからのあれそれは見てきた。 当初はお世辞にも態度がいいとは言えなかったが、不思議とティルはフリックに悪感情は抱いていないようだった。いや、好意的だったとすら思う。 立場か、生まれ育った環境か。あまり感情を出さないのが常のティルにとって、その素直さは眩しくさえあったのかもしれない。シーナの、勝手な想像だけれど。 人間、自分にないものを求めるものだ。シーナがティルやルックとつるんでいる理由もたぶん、きっと。 「……傷つけたくないんだ」 小さく、ティルは呟いた。そして早口で続ける。「思わせぶりな態度を取る方が、よっぽど不誠実だってわかってるんだけど」 「ふぅん」 断ることができずにいるのが、一つの答えでもあるのだろう。 そう思ったが、シーナは口に出すのをやめた。シーナの言葉に流されて結論を出しては意味がない。 「ま、今はそれでいいんじゃね?」 「……シーナは、どう思う?」 普段なら、これほど繊細な内容を他人に委ねるようなことはしないだろうに。それだけ動揺しているのか。 そういえば年下なんだよなあ、と思って、苦笑が漏れる。 「どうって……ダチとしては、おまえが選んだ相手なら誰でもいいんだけどな。でも元解放軍の一員としては、フリックの旦那も報われていいんじゃね、……なーんて」 自分らしくもない、本心だ。 解放軍に参加したのは自分の意思ではないし、剣が使えるとはいえ戦争に駆り出されるし、父親には散々叱られるしで、碌なもんじゃない、とも思うのに。 国のために、誰かのために、全力で駆け抜けたあの一年と数ヶ月を思い出すとき。 血と汗と泥にまみれて、あれほどしんどかったはずの記憶は遠く、仲間たちとの思い出ばかりが蘇る。 放蕩息子と言われながらも、楽しく楽に生きてきた時間よりも、よほど。切なくも清々しい達成感さえあった。 いっそ、輝いていると言ってもいいくらいに。 だから苦楽をともにした仲間の幸せくらいは願ってやるし、 「そういうとこだよね、シーナって」 「なんだよ」 先ほどまで狼狽えていたのに。ティルはふと、微笑んだように見えた。 「ティル、シーナ! そろそろ出発するぞ!」 折良く、モンスターの見聞を終えたフリックから声が掛かった。向けられた視線は、今度こそ仲間としてのものだ。 その切り替えはお見事、と言っておこう。 「今行くよ!」 ティルが足早に歩き出す。 隊列で動くとき、ティルはリオウとともに中央で守られる配置になる。遅れてはいけないと思ったのだろう。 シーナも一応大統領子息という立場だが、世襲制であるわけでもなし、妙に気を遣われても困る。先頭を切り開くのがフリックなら、最後尾でのんびり歩くくらいが丁度いい。 遠ざかる背に、シーナは一つだけ忠告してやることにした。 「あのさ、一応言っとくけど。酒場で会わないように気をつけたほうがいいぜ」 振り向いた少年に、意地悪い笑みを浮かべてやる。 「俺が思うに、酔ってるときはもーっとダダ漏れだろうからさ」 きっと、親しくない人間も気づくくらいには。 ティルが自分から酒場に行くことはあまりない。だが、リオウに連れ出されてとか、ビクトールに誘われれば、足を踏み入れることもある。 そのとき酔っ払ったフリックと遭遇すれば、どうなるか。すぐに想像が付いたのだろう。 へにゃりと、ティルは眉を下げて笑った。 「気をつけるよ」 そして今度こそ駆け出した背中を、ゆっくりと追いかける。もう一つの忠告は、言ったところで意味がないだろう。 人目のあるところでは元仲間としての距離感を崩さないフリックが、口説くにはどうするか。 「……ま、あの調子なら連れ込まれるのも時間の問題だよな」 部屋で二人っきりになったところで、手を出すような男ではないのだから。ティルが拒まないのなら、それもまた選択の結果なのだ。 だからシーナは笑って、「頑張れよ」と小さく独りごちるに留めた。────どちらに、とは言わないでおく。 [#] 幻水108題 048. 友の言葉 || text.htm || |